WILL2LIVE Cinema 2020で本邦初公開となった映画『安住の地を求めて~LGBTとして生きる~』の日本語字幕は、青山学院大学総合文化政策学部「映像翻訳ラボ」の学生10名が作成しました。このページでは、より多くの方が本作品の理解を深め、映画をいっそう楽しんでいただけるよう、私たち「ラボ」の学生が独自にまとめた作品解説を掲載しています。
本作品は、LGBTであるがゆえに祖国で迫害を受け、渡米し、サンフランシスコで生活を始めたLGBT難民・庇護申請者たちの4年間を追ったドキュメンタリーです。
コンゴ民主共和国出身のジュニア、シリア出身のスブヒ、そしてアンゴラ共和国出身のマリとシャイアンの4人の物語が展開します。 LGBTであるがゆえに社会からの偏見と差別にさらされ、祖国で迫害を受けてきた彼らですが、渡米に至った経緯やサンフランシスコでの生活の様子はさまざまです。
彼らが安心を求めるために払わなければならない代償とは一体なんなのか。アメリカの人々は彼らをどのようにサポートし、関わっているのか。
4人の若者が「LGBT難民」として困難に直面する様子と、そんな彼らをサポートする人々が描かれた作品となっています。
解説の最後には私たちの所属する「映像翻訳ラボ」の活動と今回の字幕制作に携わった感想も掲載しています。以下、本作品の視聴と合わせてお読みいただけたら幸いです。
ゲイであるスブヒは、故郷シリアでのアルカイダによる迫害と父親からの暴行により、祖国を逃れた。避難先のレバノンやトルコでISISの危害に見舞われたことでアメリカの難民認定を受け、2015年に渡米する。サンフランシスコでの生活を始めた同年8月、安全保障理事会に招かれる。初のLGBT難民として登壇し、諸国の実情を訴える。その結果、彼の名は瞬く間に世界に広まり、有名人として扱われるようになる。急激な環境の変化に戸惑い、「ありのままの自分」との差に葛藤する一方、内紛が絶えないシリアの都会に一人で暮らす姉を国外へ助け出そうと動き出す。
ジュニアは、コンゴ民主共和国の首都キンシャサの大学で法律を学んでいたが、ゲイゆえに周囲の人々から差別を受け、キリスト教の牧師であった母親からも否定された。逃亡先の南アフリカでも差別はやまず、警官の暴行まで受ける。国連による難民認定で渡米が可能となり、サンフランシスコに来る。PTSD、アルコール依存、HIV陽性者であることなど様々な問題を抱えており、支援者たちのサポートを受けつつも、転居続きの不安定な生活はなかなか終わらない。
レズビアンカップルのマリとシャイアンは、祖国でそれぞれミュージシャン、起業家として活動していた。度重なる周囲からの差別行為を避けて、ともに南アフリカへ逃げるも、難民認定を受けることが出来ず、やむなく帰国した。その後も本国での迫害に苦しみ、学生ビザで渡米する。就労と定住の権利を求め、米国の難民認定を得るために、弁護士キャスリン・ケルビンらの支援のもと、煩雑な庇護申請手続きに挑む。
サンフランシスコ在住の映画監督・プロデューサー。
コロラド州生まれ。スタンフォード大学で生物学と映画について学んだ後、ドキュメンタリーの世界に足を踏み入れた。20年以上にわたり多くの見識ある作品を制作し、これまでに世界150以上の映画祭で公開されている。彼の代表作Scout’s Honorは、アメリカのボーイスカウトにおける反同性愛主義に立ち向かう少年を描いた問題作で、2001年のサンダンス映画祭での2つの賞を含めた数々の賞を受賞した。映画配給会社New Day Filmsの会長を務めたあと、2013年にはコロラド州にYouth Documentary Academyを設立し、ドキュメンタリー制作について教えている。最新作『安住の地を求めて』は、地元サンフランシスコでの難民に対するボランティア活動に携わったことが制作のきっかけとなった。
サンフランシスコ在住のトム・シェパード監督は、もともとコロラド州にある保守的な地域で育った。「故郷で自分がゲイとして、ドキュメンタリー映画制作者として生きていくことはできないと考えた。私の経験はスブヒやシャイアンとマリ、ジュニアとは異なるが、彼らと同様に故郷から出る必要があると感じていた」と彼は言う*2。
2014年、シェパードはサンフランシスコ市内の「ユダヤ家族と子ども支援センター」でボランティア活動をしていた。当時、政府から難民支援の資金がセンターに給付されるなど、LGBTに対する人権擁護に対する意識が変化している時期だった。「歴史が動いている」と彼は感じた。シェパードはまさに今、アメリカ人のほとんどが知らないLGBT難民の問題を映画にするべきだと考えた。サンフランシスコに住む人々はLGBT難民に理解があるとはいえ、「難民がどのように再定住するのか答えられない人もいるだろう。難民(refugee)と庇護希望者(asylum seeker)がどう違うかについてはなおさらだ」*2。
それから映画を完成・公開させるまでの5年間、シェパードは、資金調達など、様々な問題に直面する。中でも、出演してくれるLGBT難民を探すことは容易ではなかった。母国で暴力やひどい迫害を受け、常に脅威にさらされてきたLGBT難民は、外傷のみならず精神的苦痛を受けており、トラウマもある。さらには、彼ら自身の安全が脅かされるだけでなく、故郷に暮らす家族に危険が及ぶことを心配しているため、簡単には出演を受け入れてはもらえなかった。
「ユダヤ家族と子ども支援センター」で活動を始めて6ヶ月の間、シェパードは慎重に映画の準備を進めた。シリア出身のスブヒ、コンゴ出身のジュニアとはそこでの活動を通して出会った。アンゴラ出身のシャイアン・マリとは、センターを通して交流のあった難民支援者メラニー・ネイサンから紹介を受けた。この4人もまた母国で迫害を受け、心に深い傷を負っていた。そんな彼らにシェパードはいきなりカメラやマイクを向けることはせず、メラニーをはじめ支援団体のメンバーの協力を得ながら、時間をかけて少しずつ信頼関係を構築していった。
シェパードによれば、映画制作を通じて、問題意識にも変化が生じたという。世界でも有数のLGBTコミュニティのある都市であり映画の舞台でもあるサンフランシスコだが、物価が高く、「今は中流階級でも住む余裕はない」ことに彼は気付いた。そんなサンフランシスコでLGBT難民が暮らしていくことは容易ではないはずだ。シェパードは「作品制作開始時には予想していなかった疑問が湧いてきた。それは、サンフランシスコやニューヨークのような都市が、LGBT難民が当然選ぶべき移住先かということだ。 2つの地域は、今でもかつてのようにLGBTにとっての”避難都市”として位置づけられるだろうか?この映画を通して描かれるのは、サンフランシスコのような都市と、その特徴の変化だ」とも語っている*2。
出典
*1. André Hereford, “Tom Shepard’s documentary ‘Unsettled’ highlights LGBTQ asylum seekers in America,” Metro Weekly, February 20, 2020, https://www.metroweekly.com/2020/02/tom-shepards-documentary-unsettled-highlights-lgbtq-asylum-seekers-in-america/
*2. Mark Gordon, “Tom Shepard Talks About UNSETTLED: Seeking Refuge in America,” Center Stage, n.d., https://stageandscreen.com/tom-shepard/
*3. Scott Stiffler, “Outfest’s ‘Unsettled’ charts difficult journey of LGBT refugees,” Los Angeles Blade, July 19, 2019, https://www.losangelesblade.com/2019/07/19/outfests-unsettled-charts-difficult-journey-of-lgbt-refugees/
2015年から約4年間にわたってアメリカ、サンフランシスコを中心に撮影され、2019年4月にサンフランシスコ国際映画祭で初公開された。アメリカ国内ではこれまでにカリフォルニア州、ニューヨーク州を含む20の州と地域で公開。国外では、カナダ、イギリス、ドイツなど8ヵ国で公開された。また、ニューヨーク・シネマトグラフィー・アワーズをはじめ、ドキュメンタリー映画やLGBTQ映画を扱う14の映画祭での受賞歴を持つ。そのほか、10の映画祭でオフィシャルセレクションとして選出されている。日本では今回のWILL2LIVE Cinema 2020でのオンライン上映が初公開となる。
参考:映画公式サイト http://www.unsettled.film
詳しい解説は、国連UNHCR協会公式サイト(https://www.japanforunhcr.org/)の各ページをご覧ください。またLGBT難民の現状については、同協会サイトの「LGBTI難民であることとは」(https://www.japanforunhcr.org/archives/20362)に詳しく書かれています。
難民 (refugee) とは、政治的な迫害、武力紛争、人権侵害により自国を逃れ、他国に庇護(保護)を求める人々を指す。第二次世界大戦後、世界中の難民の人権を包括的に保護する気運が高まり、国連において、1951年の「難民の地位に関する条約」、1967年の「難民の地位に関する議定書」が採択された。これら「難民条約」の加盟国は、難民として認められた人々の庇護が義務付けられている。
自分を難民と考えて他国に避難した者は、庇護希望者 (asylum seeker) と呼ばれ、所定の手続きに従って、当局に庇護申請を行ない、難民認定を求める。申請が通り、難民として認定された場合、その者は法的な保護と各種の支援が得られ、その国にとどまることができる。しかし、申請が却下されして認定されなかった者は、不法滞在者となり、強制退去処分の対象となる。難民認定は、一次避難国において、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や一時避難国が行う。認定されたのちに、別の国が受け入れる制度もある(第三国定住)。
LGBTとは、Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシャル)、Transgender(トランスジェンダー)の頭文字をとったセクシュアル・マイノリティーを指す総称のひとつ。世界中には、性自認・性的指向・性徴を理由に、国家、団体、市民、家族からの迫害を受ける人々がいる。現在、世界の70カ国以上で同性愛は犯罪とされており、死刑を科す国も存在する。今日では、このような迫害を受けて他国に逃れる者も正当な難民と考えられており、「LGBT難民」、あるいは、Intersex(インターセックス)の頭文字を加えて「LGBTI難民」などと呼ばれる。
映画『安住の地を求めて』に登場する4名の若者は、まさにこのLGBT難民である。ゲイであるジュニアとスブヒとジュニアは避難先の国で難民認定がなされ、「第三国定住」としてアメリカにやってきた。レズビアンのカップルであるマリとシャイアンはアメリカに避難し、その滞在中に難民認定を求める庇護希望者(庇護申請者)である。
青山学院大学総合文化政策学部には、外部の企業や団体と協力して活動する実習授業「ラボ・アトリエ実習」(通称「ラボ」)があります。そのうちの「映像翻訳ラボ」(正式名「映像翻訳を通じて世界と関わる」)は、2010年度から継続しているプロジェクトで、宮澤淳一教授の指導のもと、日本映像翻訳アカデミーでの研修・指導協力を経て、「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」や「UNHCR WILL2LIVE Cinema」(旧称「UNHCR難民映画祭」)等で上映される作品の字幕作成に、毎年取り組んでいます。
今回の担当作品『安住の地を求めて~LGBTとして生きる~』はラボ創設から28本目の字幕提供映画であり、2020年度履修生10名が字幕を作成しました。LGBT難民を題材にした本作品では、新たな視点での作品理解や専門的知識が求められ、「難民」と「庇護申請者」の違いの本質や、LGBTの定義についても多くを学びました。特に本ラボでLGBTを扱うのは今回が初であり、メインキャスト4人のアイデンティティを尊重するために、それぞれの自分の呼称や口調に関して何度も話し合いを重ねるなど、慎重な作業が必要でした。本作品を通じて難民についての理解を深めることができたうえ、LGBTの置かれている現状についても知りました。LGBT難民の存在は日本に住む私たちのあいだでは、まだあまり認識されていないかもしれませんが、本作品を通して身近な問題として知っていただければ幸いです。
最後に、お世話になった方々に感謝申し上げます。この映画に携わるという貴重な機会をくださった、国連UNHCR協会と日本映像翻訳アカデミーの関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
©青山学院大学総合文化政策学部映像翻訳ラボ(宮澤淳一研究室)